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神戸家庭裁判所 平成7年(家)359号 審判

申立人 飯田勤一 外1名

未成年者 近田聡 外1名

主文

申立人らが未成年者らを養子とすることを許可する。

理由

1  事案

本件は、わが国の国籍をもつ申立人夫と中国の国籍をもつ申立人妻が、夫婦共同で、わが国の国籍をもつ未成年者らと養子縁組するについて、家庭裁判所の許可を求めた事件である。

2  裁判管轄権

申立人ら夫妻と未成年者らは、いずれも神戸市内に住所を有しているので、本件についてはわが国の裁判所が裁判管轄権を有すると解される。

3  準拠法

本件養子縁組については、養親となる申立人夫の本国法である日本法(民法)および申立人夫と共同して養親となる申立人妻の本国法である中国法(中華人民共和国養子縁組法、本件に関係のある具体的規定は後記5掲記のとおり)が、共に準拠法となる(法例20条1項前段)。なお、縁組成立についての養子もしくは第三者の承諾、同意など養子の保護要件について、養子となる未成年者らの本国法である日本法(民法)が準拠法となる(法例20条1項後段)。

4  事実関係

本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人妻(現在43歳)は、中国の国籍を有する者であり、母国中国から昭和39年5月に来日し、それ以来わが国で居住を続けているが、わが国の国籍を有し薬品会社に会社員として勤務する申立人夫(現在48歳)と平成5年6月4日に婚姻届をして結婚した。申立人妻は、主婦であるが、実母の近田晴子(後記のとおり未成年者らの後見人に就任している。)の営むスナックを無給で手伝うことがある。申立人ら夫妻の間に子供は生まれていない。

(2)  未成年者近田聡(現在8歳)および未成年者近田継夫(現在4歳)は、いずれも、近田晴子の実子で申立人妻の兄にあたる近田克也とその妻の近田麗との間に生れた子である。

(3)  未成年者らの両親である近田克也と近田麗は、いずれも、もと国籍を有した中国から来日した者であり、平成3年に克也が、平成4年に麗がわが国に帰化したが、麗は帰化してまもなくの平成4年12月ごろに未成年者らを置去りにしたままわが国から出国して行方不明となり、次いで克也も平成6年11月ごろに未成年者らを残してわが国から出国して行方不明となった。ただし、克也は、出国に際して、母の近田晴子と妹夫妻である申立人らの面前で、未成年者らの養育を申立人ら夫妻に依頼している。

ところで、克也は、出国前から未成年者らを十分養育していなかったため、近田晴子が申立人らの協力を得て未成年者らの生活の面倒をみてきたが、克也の出国後は、近田克也の依頼の趣旨に従い、また近田晴子が高齢であって今後長く未成年者らの面倒をみることが難しいことも考慮して、申立人ら夫妻が中心となって未成年者らを養育することとなり、未成年者らを申立人らの自宅に引き取って監護教育している。申立人らは、実子の場合と同様の愛情をもって未成年者らを養育しており、未成年者らも、申立人らによくなついている。なお、申立人夫は、勤務先から、未成年者らを含む家族の生活をまかなうのに十分の収入を得ており、未成年者らを養育する資力の点でも心配はない。

なおまた、申立人妻は、中国国籍を有するが、申立人夫および未成年者らの家族と共に今後長くわが国に定住して生活するつもりであり、中国に帰る予定も気持もない。

(4)  近田晴子と申立人らは、申立人らが未成年者らを養子として養育することを話し合ったが、近田克也夫妻が行方不明のままであって、養子縁組を承諾する法定代理人(親権者)がいない状態であるため、近田晴子が平成7年2月14日の当裁判所の後見人選任の審判(17日確定)を受けて未成年者らの後見人に就任し、同年4月11日に同縁組を承諾した。

5  準拠法の適用と本件養子縁組の相当性

前記4の事実によれば、本件養子縁組については、その成立についての準拠法の一つであり、かつ養子の保護要件についての準拠法であるわが国の民法の定める要件をすべて満たしていることが明らかである。かつ、同事実によれば、養子縁組成立についての準拠法の一つである中華人民共和国養子縁組法の定める要件のうち、〈1〉養子となることができる者は、14歳未満の未成年者であって、父母を喪失した孤児、または生父母を探すことのできない遺棄嬰児、児童、または生父母が子を扶養するに特に困難で無力であるとき、であること(同法4条本文1ないし3号)、〈2〉養子に出すことができる者は、孤児の後見人、または子を扶養するに特に困難で無力な生父母(同法5条本文1、3号)であること、〈3〉養親となる者は、子がなく、かつ養子を扶養、教育する能力があり、かつ35歳に達していること(同法6条本文1ないし3号)、〈4〉養親となる者に配偶者があるときは、常に夫婦共同で縁組しなければならないこと(同法10条2項)、〈5〉生父母を探しだすことのできない遺棄嬰児および児童……と縁組するときは、民政部門に登記することを要すること(同法15条1項)については、要件を満たしていると認められる(〈2〉に関しては、生父母が行方不明となって親権を行使する者がない状態となったため、後見人が選任されて養子縁組を承諾している本件においては、同法5条の規定全体の趣旨に照らして、要件を満たしていると解され、また、〈5〉に関しては、同法15条1項の規定にいう民政部門の登記の要件は、わが国の戸籍への記載によって満たされると解される。)。しかし、〈6〉養親は1名の子女のみと縁組することができる、との同法8条1項の規定には、本件申立てが未成年者ら2名を同時に申立人らの養子とすることを求めるものであるから、抵触する。もっとも、この点に関しては、同条2項に、孤児あるいは障害ある児童と縁組するときは、……1名とのみ縁組するとの制限を受けないですることができる、と規定されている。未成年者らの両親である近田克也夫妻が行方不明になっている本件においては、未成年者らを同規定にいう孤児に当たると解することができないではなく、これによれば、申立人らが未成年者ら両名と養子縁組することは差支えがないこととなる。しかし、もともと、同条1項は、中国におけるいわゆる「一人っ子政策」を反映した規定であると解されるところであり、こうした国家的政策を採用せず、未成年者の福祉に適うものならば複数の未成年者を養子とすることも当然のこととして許容しているわが国において、同規定をそのまま適用することは、養子制度に関するわが国の社会通念に照らして相当でないというべきである。とくに、申立人妻は、中国国籍を有するが、前記のとおり、すでに長くわが国に居住し、今後も永続的に申立人夫とともに両親が行方不明になっている未成年者らを養育してわが国で家庭生活を営むつもりであり、中国に帰る予定も気持もない者である。このような場合について、同規定を適用して本件申立てを排斥し、あるいは年令も近い兄弟である未成年者らを切り離していずれか一方だけについて養子縁組を許可する、というようなことは、子の福祉を目的とする未成年者養子制度の趣旨をいちじるしくそこなうものであって相当でなく、同規定は、法例33条によって適用を排除されるというべきである。

なお、前記中国養子縁組法22条2項は、縁組の成立によって養子と生父母およびその他近親族との間の権利義務関係が消滅することを規定している。この規定がわが国の特別養子縁組の場合における養子と実方の父母およびその血族との親族関係の終了(断絶)を定めた規定(民法817条の9)と同じ趣旨のものとすれば、本件申立てにおけるような普通養子縁組が成立しても養子と実方父母等との親族関係は断絶しないものとされていることとの抵触関係が問題となる。しかし、中国養子縁組法の前記規定は、縁組が成立した場合の効力を定めたものであって、遡ってわが国の普通養子縁組のような非断絶型の縁組の成立を妨げるほどの規定ではないと解される。ほかに、中国養子縁組法に本件の養子縁組の成立を妨げとなるような規定はみあたらない。

以上のことを前提として、前記4の事実を総合してみれば、本件申立てによる養子縁組は、全部許可するのが相当であるということができる。

6  結論

そこで、本件申立てを認容することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岨野悌介)

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